デジャ・ヴュ

既視感ってどうしてこうもせつないのだろう?
絶対にいつかどこかで知ってるハズなのに。
でも、どうしても想い出せないし、あったハズも無い。
バスの中で、ちっちゃい女の子が泣いていたんです。
小さな声で、静かに。


「ねぇ、お母さん、お母さん」
「ん? なぁに? どうしたの?」
「ねぇ、ちーちゃんがいけないのかなぁ? そうなのかなぁ?」
「あらら、どうしたの? イヤな夢でも見たの?」
「ちーちゃんがいけないのかなぁぁ……?」
そして、女の子はお母さんの胸に顔を埋めて。
ホンの少しだけ声を大きくして泣いていました。
お母さんはちょっと困った顔で周りの人に目線で謝罪を。


ああ。
一体こんなちっちゃな女の子の中の何がそんなにも彼女を責めたてるのでしょう?
ボクは少し哀しい気分になっていました。
そして、読んでいた「ダンス・ダンス・ダンス」に目線を戻したのです。
その時、人生最大のデジャ・ヴュがボクを襲いました。


おおおお……知ってるよ、この感覚は知っている。
目の前で王子駅前を横切って行く、黄色い都電の明かりも。
西新井から池袋に向うバスの中の、機械油くさくて疲れたような空気も。
前を走る車の赤いテール・ランプを滲ませる霧雨も。
そして、少女の哀しげな自責の言葉さえも。
そこは、確かに記憶の中にある場所だった。
けど、掴み掛けるそれはファントム・ペインのように儚く。
いつもするりと瞼の裏側を通り過ぎてしまう。
少しだけ濡れた睫毛が鬱陶しかった。