権威主義とアンチテーゼ

美味しんぼをいつから読まなくなっただろう。
もう大分前のコトだったと思う。
今でも続いているのかすら知らないけど。。。
栗田さんと山岡さんが結婚した直後くらいで
読むのをやめた記憶がある。


そもそも美味しんぼの魅力には、海原雄山という
強力な権威に対して、弱小の山岡・栗田コンビが
果敢に挑む、という図式があったように思う。
初期のキャッチコピーも
「グルメブームに一番遠い漫画」
とかだったように記憶している。


しかしながら。
何時の間にかそれ自体が権威となっていっては
いなかっただろうか?
白ワインと生牡蠣を注文する、一見成金風な男に
対して、「わかってないなぁ。」と頭を抱える。
そんな場面が非常に不愉快だった。
いいじゃないか、食わしてやれよ。
ソレで満足するやつだってたくさんいるはずだ。
それを分ってないって言う姿勢こそ権威主義では
ないのか?


つまり、ボクはこう思う。
「アンチテーゼは市民権を得てしまった時点で
 腐っていく」
アンチテーゼを貫きたいのならば。
過去の自分にすら対峙する心構えが必要ではないか。
それができないのなら、それはただのかっこつけだ。
そこは既にアンチテーゼの袋小路なんだよ。


自分の論理が市民権を得たのを祝うのであれば。
キミはもうニヒリストではありえないのだよ。
ボクはそういう自分で居たいとは思うが。
全然そうじゃないことも自覚している。
全く度し難い。
としか言いようが無い。


思い出すのはキンケドゥ・ナウがザビーネ・シャルに
贈る最後の言葉。
「ザビーネ、貴族主義は最初から間違っていたんだよ。」